スティーヴン・キング

呪われた町

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30年ぶりにもう一度読もうと、とっくにドナドナしてしまっていた『呪われた町』(記憶にないけど当時は集英社から出版されていたらしい)を改めて買い求めました。細かなストーリーはまったく憶えていないのですが、当時はたしかに「これは名作だ」と感じたはずのこの作品を、今さらもう一度読んでみたらいったいどんな感想になるのか、自分に興味津々でした。スティーヴン・キングの作品のなかでも最も初期に書かれたものですが、こうして改めて読んでみると、訳者の違いかもしれないけど、かなりシンプルなあっさり醤油味、でもあとからじわじわ来るスープのラーメン…そんな作品でした。ノリノリで書きまくるスプラッターないつものキング節とは、少し趣きが違います。

日本でも小説や映画の題材としてよく登場するような濃厚で閉鎖的な人間関係が、ある人には居心地よく、またある人は半ば諦めて暮らしている、そんな田舎集落のアメリカ版とも言える一見長閑な小さな町で、現代にあの吸血鬼が降臨するというド直球のあらすじ。田舎に住む「はた目には親切そうで実は邪悪だったり、ふしだらでどうしようもなく無気力なおとなたち」と、キングお得意の「聡明で純粋なこども」の対比を描きながら、小さな町が夜を重ねるごとにじわじわと吸血鬼に侵されていく様子は、キングならではのジトジトじわり感も相まって、やっぱり怖いです。十字架や聖水といった対吸血鬼アイテムは、キリスト宗教観の有無で感じ方も違うのかもしれませんが、「地方によくある、なんにもない寂れた小さな町」を構成する人々が、ひとり、またひとりと、ひっそり消えていく不気味さ…。単純に「正統派のドラキュラものが読みたい」と思ったときには、このキング版吸血鬼がオススメです。

この懐かしい『呪われた町』に触発されて、もう一度読んでみるかと『シャイニング』、そして未読の続編『ドクター・スリープ』も合わせて購入してしまいました。

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トム・ゴードンに恋した少女

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久々のスティーヴン・キング。これは2000年頃に書かれた作品で、実在する大リーガー、トム・ゴードンの大ファンである9歳の少女の物語です。とはいえ、現役リリーフピッチャーのゴードン選手との微笑ましい交流が描かれているわけではなく、ふたりの接点といえば、彼女が愛用するレッドソックスのキャップに記されたサインくらい。(いったいどんな話なんだろう…)と予備知識もないままに読み進めていくと、カナダとの国境にある深くて広大な森の中で、家族とはぐれて遭難した少女の過酷なサバイバル。腹を下してクソまみれになったり、蜂や虻に身体中をボコボコにされたり、これはもう、主人公が9歳の少女だから読み進めるけどさぁ~…となるわけで、おっさんが主役だったらとにかく汚い!汚い!ゲロとグロのキング節は、ここにも健在です。

各章が試合のように〈四回裏〉とか〈七回の休憩〉とかで刻まれていく意味はナニ?と思いながら読んでいましたが、〈九回裏リリーフエース登板〉でなるほどね、と。そしてエンディングの〈試合終了〉でバラバラだった家族もチーム一丸となり、とっておきの決めポーズに「ステキやん!」となるわけですが、しかしこんな強靭な9歳、いるかな??

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アウトサイダー

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2018年に本国で刊行。日本では2021年に単行本、そしてこの文庫版はキングの作家デビュー50周年記念の帯とともに、2024年初頭に出版されています。すでに読み終えていた『ミスター・メルセデス』『ファインダーズ・キーパーズ』『任務の終わりに』の三部作にも繋がる物語だと知って、当初は(もうあのシリーズはカンベンかなぁ~…)と読まないつもりでしたが、キング中毒患者たるワタクシ、それでもついつい手を出してしまいました。

上巻では、カバー帯にもある【完璧な証拠と完璧なアリバイのせめぎ合い】にたちまち吸い込まれました。大昔に読み耽ったエラリー・クイーンをあらためて読んでみたいという衝動にかられるくらい、物語は本格ミステリーの様相で進行していきます。2014年の『ミスター・メルセデス』がアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞したことに気をよくしたキングが、「よぉ~し!!それならば!!」と読者があっと驚くトリックを用意してくれたのか?もしかして大どんでん返しの真犯人が??などと勘違いしてしまうほどに推理小説としてのテイストが満載なのですが、そこはなんといってもモダンホラーの帝王さまですから、このミステリーの主役だとばかり思っていた人物が冤罪の疑い晴れぬままに悲惨な最期を遂げ、なんだか怪しい雰囲気だなぁ~という中盤あたりに『メルセデス』三部作で活躍したホリーが登場することで、物語は一気にいつものアレに突入。でも、『メルセデス』三部作のアレよりも、こちらのアレのほうがシンプルで好きかも…ということで邪悪なドッペルゲンガー、夢中で読み終えました。それにしても、今回読んだこの作品が世に送り出されたのが7年前。『シャイニング』や『呪われた町』を夢中で読んでいたのは、もうかれこれ30年以上も前。読んでみようかな?あの頃読んだ作品ももう一度。改めて読むなら、私がずっとキングの最高傑作だと思いこんでいる『呪われた町』ですが、さて、どう感じることやら。

ところでこの物語にあのホッジズ本人は登場しませんが、それでもあのシリーズらしい名フレーズは本作でも。

  喫煙者は

  一時停止ボタンを押すことはあれ、

  停止ボタンを押すことはめったにない

たっ、たしかに…

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死者は嘘をつかない

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2024年はキング作家デビュー50周年の記念すべき年だったわけですが、今年もペースを落としつつ、読んでみようと思っています。書店でまた新たに3冊ほど仕入れましたし。

さて。

文庫にして5冊の長編『ザ・スタンド』を読破し、やや放心状態のまま読み始めた『死者は嘘をつかない』のとっつきやすさったら、驚くほどサクサク!でした。1978年に書かれた『ザ・スタンド』と2021年刊行の『死者は嘘をつかない』の間には40年以上の時が流れているので、作者キングの円熟度の違いから来るものなのかとも思いましたが、どうやら、2004年創立の新しい版元のカラーに合わせてキングが書き下ろした一冊であるということも影響しているようです。たしかに、言われてみれば同じ版元向けに書かれた『コロラド・キッド』も『ジョイランド』も、わりと読みやすく、また、読後感も似ています。どれもほどよい厚みの長編ホラー。この『死者は嘘をつかない』に限って言えば、伏線回収もおおむねきちんとされて悶々とすることもなく、夢中で読むことのできる作品でした(『コロラド・キッド』は悶々感アリ)。

こどもの頃から死者の姿が見えてしまい、会話することもできる主人公。ただ、そこはキングの描く主役だけに、映画『シックスセンス』の男の子よりもうんと過酷な恐怖体験を強いられる、まさに強制イタコの刑状態。こんな能力を持ってみたいか、それとも絶対に要らないか、読者自身も読み進めながら実生活に当てはめて妄想してみるわけで。

50周年記念の文庫オリジナル作品として、日本ではようやく2024年に刊行されたこの『死者は嘘をつかない』は、とっつきやすい、キング中毒以外の人にも薦めやすい(たぶん夜中に悪夢も見ない)一冊です。もしもこれがハマれば、『ジョイランド』や『コロラドキッド』もイケるかと。食わず嫌いはいけませんぜ、ダンナ!!

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ザ・スタンド

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1978年初版。そのときに削除した400ページを復活させた完全無削除版の再登場が1990年。日本で文庫化されたのは2004年のことなのでてっきり円熟期の作品だと思いこんでいましたが、キング31歳、作家デビュー5年後に書かれていた初期の作品なのでした。ちなみに削除された400ページの再掲載と推敲を重ねたこの作品に関するキング自身の熱い想いは、前書きに詳しく記されています。

物語は、事故により漏出してしまった致死性の高いウイルスで〈全米が泣いた〉ならぬ〈全米が患った〉状態に陥るところから始まります。ここでは中国の武漢ではなく米軍の研究施設が発生源ですが、約40年後の現実世界で蔓延したコロナウイルスを彷彿とさせる予言めいたストーリーでもあるので、コロナ前とコロナ後の読者ではその受け止め方も変わってくるのではないかと思われます。

とは言っても、殺人ウイルスとの闘いがメインテーマではなく、無政府状態のなか、辛うじて生き残った人々の夢の中に現れる≪マザー≫と≪闇の男≫という正義と悪のせめぎ合いや、やがて荒廃した町や村を脱出して自らの心の信ずるほうへと誘われていく人々の姿がひたすら描かれます。主要な登場人物のみならずアメリカ各地の名もなき人々のそれっきりエピソードまでもが、文庫版でいえば【Ⅰ】~【Ⅲ】の後半部分まで延々と。これは、「キングといえばメイン州キャッスルロック」というくらい読者にとってはメジャーな架空の町だけで起こった物語ではなく、アメリカ全土で巻き起こったパンデミックだということを、筆力の続く限り描き尽くそうとしたキングの意図かもしれませんが、その結果、あまりにも登場人物とエピソードが多くなりすぎて「一気に読み進めないとワケわかんなくなるけど、しんどくてとてもイッキには読めない」のでした。(逆に【Ⅲ】以降は物語もどんどん加速していくので【Ⅳ】~【Ⅴ】はあっという間)

ところで、『指輪物語』的な(キング本人も認めている)展開も登場するのですが、なぜ≪マザー≫は消息を絶っていたのか、なぜ戻ってきた≪マザー≫の指示どおりに何も持たずあの四人は徒歩で長い旅に出たのか、どうにも釈然としないまま終わる部分は、もしかしたらアメリカでのキリスト教の宗教観や古くからの言い伝えがわかっていないと理解できないのだろうかと、アメリカ本国でのキング作品No.1評価にも腑に落ちないところがあったりします。この物語は、徹頭徹尾の人災。世に邪悪なもの、それは人間の心。それを映画『ロード・オブ・ザ・リング』や『シビルウォー』の映像にも重ね合わせつつ、(≪闇の男≫はあのサウロンほど圧倒的ではなかったよな)とか思いながら、一ヶ月近くかかって読み進めた大作でした。どっと疲れた半面、「ザ・スタンド、読んだどぉ~~~!!!」と、年の瀬に叫びたくもなるというものです。

 

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コロラド・キッド

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今年9月にキング50周年記念で発売されたばかりの『コロラド・キッド 他二篇』。初訳収録の2018年〈浮かびゆく男〉、2005年にごく一部のファンに無料配布されていた幻の〈コロラド・キッド〉、そして、2002年に刊行された『14の暗黒物語』のうち新潮文庫の2分冊短編集『幸運の25セント硬貨』と『第四解剖室』には収録されなかった〈ライディング・ザ・ブレット〉の3篇からなる中編集。

〈浮かびゆく男〉も〈コロラド・キッド〉も、「なんでそうなった??」の部分は謎のままにして物語が終わるので、もしもキング慣れしていない人が読むと「なんぢゃ、コリァ!?」とぶん投げて怒り出す(1700円もする文庫なんだから投げちゃダメ!)かもしれませんが、まっとうなキングファンとしてはたいそう面白く、たとえば〈ライディング・ザ・ブレット〉も、彼が交通事故で跳ね飛ばされたり薬物をやったりといった自身の実体験をストーリーに落とし込むことを知っているファンなら(これも母子家庭で育ったキングならではの話だな)とニヤリとするはずです。(巻末の解説で知ったのですが父親はキングが2歳のころ「ちょっとタバコ買ってくるわ」と言い残して蒸発したとか。クソ親ですね)物語自体は、母ひとり子ひとりの母子家庭で育った主人公が病に倒れた母親の元にヒッチハイクで駆けつける途中、究極の選択を迫られるというもので、もしかしたらキングが夢の中で実際に体験したことなのか??と妄想しながら読みました。果たしてキングはどちらを選択したのだろうかと。

とにかくどれも面白いから、たびたび(待て待て、落ち着け)と自分に言い聞かせてはページをめくる手を止める始末。あっという間に読んでしまうのが惜しくて惜しくて。あまりにもつまらなくて手を止めた『眠れる美女たち』とは正反対です。やっぱ、アレは息子キングの作品だったのだなと確信したのは、登場人物の会話の巧妙さの違い。〈コロラド・キッド〉なんて本格的な推理小説ふうなのに最後にどんでん返しもオチもないという代物ですが、三人の会話がとにかく楽しいのでどんどん読み進んでしまいます。改めてあの『眠れる美女たち』の共著表記は罪深いなぁ~と思いました。

文庫本のくせにちょいとばかり高額でしたが、映画一本分に匹敵するワクワク感が得られたのでヨシとします。ぜひ、おひとついかがでしょうか?キング入門編としてはオススメしませんけど。

お次は、かなり読み応えのある長編『ザ・スタンド』の世界に没入しようと思います。ワクワクがエンドレスだわぁ~。

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眠れる美女たち

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御大キングとその息子オーウェンの共著ということで、読もうか読むまいかとずいぶん悩ましかった、この一冊。共著とはいっても、いったいどういう役割分担なのか、主たる執筆者はふたりのうちのどちらなのか、ここが明確でないことに一抹の不安がありまして。で、いざ読み終えた今、あぁ~、これは間違いなく二世作家オーウェン・キングがパパのアドバイスを貰いながら書いたものだなと。このダラダラと無駄に長いだけのクソつまらない小説。女性だけが眠りから醒めなくなり、男性のいないパラレルワールドに集合するという…いや、ストーリーなんかどうでもいいのです。何度も諦めかけました。途中で読むのを止めようともしました。頑張ってなんとかかんとか最後まで読み切りましたけど、なんの感慨もなく、もうただただ苦痛で。ホント、つまらぬモノを読んでしまった…(五ェ門ふう)。この小説にスティーヴン・キングの名を冠するのは、ちょっと無理があると思いますよ。政治家しかり、芸能人しかり、そしてどうやら作家さんも、親の七光りで煌々と照らしてもしょせんは劣化二世の爆誕というオチみたいです。

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1922

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『1922』は、2010年のキング中編集『FULL DARK.NO STARS』を2分冊したその片割れ。もう片方の『ビッグ・ドライバー』がかなり面白かったのでこちらにも期待しましたが、時代背景が映画『俺たちに明日はない』とも重なるらしい〈1922〉は、日本で言うところの地上げ屋跋扈からのバブル崩壊のような当時のアメリカ国内の空気を知らないと、ちとわかりにくいのかも。もうひとつの作品〈公正な取引〉は、こうした【心の闇を悪魔に売り飛ばした主人公】にありがちな、もはや取り返しのつかない悲惨なラスト…はまったく訪れず、それだけに肩透かしな余韻がいつまでも…。『1922』と『ビッグ・ドライバー』に収められた4話すべてが〈どこまでも救いのないダークなお話〉でした。

というわけでキング作家デビュー50周年記念の今年、往年の熱烈なファンとして読者復帰を果たし、未読の2000年以降作品を中心にキングワールドを貪っているわけですが、活字中毒にしてキング中毒というかなり重い症状の私の手元にあったキングの未読在庫がなくなりました。これはイカン!ということで、『眠れる美女たち』『コロラド・キッド』『死者は嘘をつかない』『アウトサイダー』、それから全5巻の長編『ザ・スタンド』とキング自身が自己ベストと言い切る『リーシーの物語』を新たに購入しました。これだけあれば年末年始も雪降る夜も、禁断症状には襲われないでしょう。

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幸運の25セント硬貨

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コーヒー片手に昼下がり。これは以前読んだ『第四解剖室』と一対の短編集。いかにもキングらしい〈道路ウイルスは北にむかう〉とか、無間地獄の〈例のあの感覚、〉もよかったのですが、なんと言ってもサイコーだったのは「きぃいいいいいいぃっ!!」の〈ゴーサム・カフェで昼食を〉。てっきり主人公が…と思っていたら、「そうきたかっ!?」の展開でした。「きぃいいいいいいいぃ~~~」なヤツが暴れまわり、しかも大ピンチを乗り切ったふたりが再び恋に落ちるというありきたりなストーリーにもならず、ひたすら、あばずれ呼ばわりやDVがラストまで炸裂します。次から次へと没入&虚脱を繰り返して読み進めていくキング短編集はワクワクの無間地獄です。あとは『第四解剖室』とこの『幸運の25セント硬貨』に収録されなかった14番目の暗黒物語〈ライディング・ザ・ブレット〉を手に入れたら、原書『Everything's Eventual:14Dark Tales』はコンプリートです。『コロラド・キッド』買わなきゃ。

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ジョイランド

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(「気をつけて、デヴ。白じゃない」は染めていた白髪のことだったのだろうか?それともどこかで読み落とした?)と、気になるフレーズを残したまま、たちまち読み終えてしまいました。キングものとしては珍しくグワッと鷲掴みされることなく淡々と進むプロローグにやや拍子抜けしつつも読み進めていくと、遊園地【ジョイランド】での汗だくアルバイトやここで働く仲間との交流、失恋や友情、まるで『スタンド・バイ・ミー』の青春編かと思えるほどのほのぼのとした展開。でも、最後は(これ、そういう系のキングだったんだ??)と思わせといてからの、次作『ミスター・メルセデス』にも繋がっていく(もちろんストーリーはまったくの別物)犯罪ミステリー小説でした。キング作品らしく超常現象も幽霊もちゃんと登場しますが決してスプラッターには走らず、どこまでも甘く切ない青春物語です。どうやらこの作品の前に書かれたのが、日本国内ではキング50周年記念で出版された『コロラド・キッド』らしいので、ぜひこちらも読んでみようと思います。

ところでアメリカ大統領選挙。キングの小説の中には、トランプが随所に登場します。もちろん、クソみたいなヤツの代表として。相当お嫌いな様子で、「政権一期目がスタートした100日間のトランプの言動は、私のホラー小説よりも醜悪だ」と酷評していました。御年77歳のキングですが、このたびのトランプ大統領再登板を受け、怒りのあまりますます筆が走るのではと期待しております。

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